伊豆新聞連載記事(2008年8月3日)

伊豆の大地の物語(49)

伊豆東部火山群の時代(9)日向

火山学者 小山真人

 伊豆箱根鉄道の修善寺駅の南南東に、狩野(かの)川とその支流である大見(おおみ)川にはさまれた丘陵(きゅうりょう)がある。本連載の第35回で述べたように、この丘陵は、かつての陸上大型火山である天子(てんし)火山が浸食を受けたものであり、その北部には火山特有のなだらかな地形が残されている。ゴルフ場の「修善寺カントリークラブ」は、この地形をうまく利用して作られている。
 このゴルフ場近くの道路ぞいの崖(がけ)に、意外なものが見つかった。それは、前々回の長者原(ちょうじゃがはら)火山のところでも説明した、大きな火山弾を多数含む厚い「爆発角(かく)れき岩」の地層である。このことは近くに爆発的な噴火をした火口があったことを意味するが、これまでそのような火口の存在は知られていなかった。
 爆発角れき岩の地層が見つかった場所は、長者原火山の火口から9キロメートルも南西に離れているので、同火山の噴出物と考えることには無理がある。付近をよく調べると、長者原火山から飛んできた火山灰の層を、この地層の少し下に見つけることができた。やはり、問題の地層は、別の火山の噴出物だったのだ。
 つまり、長者原火山を発見した時と同様に、伊豆東部火山群の火山を、もうひとつ新たに発見できたわけである。付近の地名にもとづいて、この火山を「日向(ひなた)火山」と命名した。他の火山灰との関係を考慮すると、日向火山は、長者原火山よりも少し新しい12万9000年前に噴火したことがわかった。
 長者原火山の時は、苦労しながらも長者原盆地を火口として特定することができたが、日向火山の火口の正確な位置は今でも不明である。付近には早霧(さぎり)湖と呼ばれる小さな湖があるが、谷をダムでせき止めて作った人造湖である。早霧湖の南に直径500メートルほどの怪しい凹地があるが、その西の縁(へり)には活断層が通っているため、活断層の活動によってできた凹地のように見える。付近には複数の活断層があり、1930年北伊豆地震の際にも動いたことが知られている。おそらく、こうした活断層の活動と浸食とが重なって、日向火山の元の地形がわかりにくくなったと思われる。

高塚山(たかつかやま)-長者原(ちょうじゃがはら)-巣雲山(すくもやま)の3火山と、日向(ひなた)火山の位置関係。「1m」と書かれた2つの楕円(だえん)は、長者原火山と日向火山が噴出した火山灰の厚さが1メートル以上ある範囲を示す。細い曲線は主要な道路。

 


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