伊豆新聞連載記事(2008年6月1日)

伊豆の大地の物語(40)

陸上大型火山の時代(9)伊豆の黒曜石

火山学者 小山真人

 ガラスの原料となる伊豆珪石(けいせき)が火山の恵みであることを前回述べたが、珪石そのものは白いぼろぼろした岩であり、一見しただけではガラスの原料と思えないものである。ところが、火山は素人目にもガラスとわかる物体を直接噴き出すことがある。そうしたガラスを、火山ガラスと呼ぶ。
 黒曜石(こくようせき)も、そうした火山ガラスの一種である。半透明の黒または灰色でガラス光沢をもち、割れ方もガラスそのものである。その見かけからは噴火の産物として想像することは難しいが、火山岩の一種である流紋岩(りゅうもんがん)と同じ成分をもち、溶岩流として火口からあふれ出たり、岩片の形で火口から空中に放出されたりしたものである。ただし、マグマが急に冷やされるなどの特殊な条件下でできるため、産出場所はごく限られている。
 伊豆で多量の黒曜石が見つかるのは、伊豆市の筏場(いかだば)南方、伊豆市と伊東市の境にある柏峠(かしわとうげ)、熱海市の上多賀(かみたが)や神奈川県湯河原町鍛冶谷(かじや)などの付近に限られる。このうち筏場南方のものは3200年前に伊豆東部火山群のカワゴ平(だいら)火山が噴出した流紋岩溶岩流の一部であるが、年代不明の熱海市伊豆山(いずさん)のものを除いた他は30万〜60万年前のものである。柏峠の岩体は直径500メートルほどの流紋岩の溶岩ドームであり、その一部が黒曜石となっている。おそらく上多賀など他の黒曜石も、小規模な溶岩ドームか溶岩流の一部であろう。
 黒曜石はガラスと同じ割れ方をするため、固く鋭い破片をつくることが容易である。それらの破片は、矢じりやナイフとして古くから重宝されてきた。中部・関東地方のあちこちの旧石器時代や縄文時代の遺跡から、伊豆産の黒曜石を使った石器が見つかっている。
 上多賀や鍛冶屋付近の黒曜石を産する流紋岩溶岩は、本連載の第34回で述べた湯河原(ゆがわら)火山や多賀(たが)火山の一部とされたこともあるが、岩質や分布から考えると異質なものである。伊豆東部火山群の一部に含めたい気もするが、年代はずっと古く、浸食も進んでいる。陸上大型火山の時代末期に、伊豆東部火山群とは別の単成(たんせい)火山群の小規模な活動があり、その結果として噴出したものかもしれない。

黒光りした柏峠(ルビ:かしわとうげ)の黒曜石。まるでガラスを割ったような破断面をもつ。


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