伊豆新聞連載記事(2008年3月30日)

伊豆の大地の物語(31)

駿河湾の底にもぐる(3)

火山学者 小山真人

 筆者が乗船研究者として乗り込み、松崎沖の駿河湾で実施された潜水艇「しんかい2000」の第579次潜航(1991年10月)において、潜水艇は、まず水深1850メートルの最深部に着底した後、伊豆側の斜面を少しずつ登りながら水深1600メートル付近までの地層を連続的に観察するルートをたどった。この調査で得られた大きな成果は、古い海底火山の噴出物と、その上をおおう浅海性砂岩の存在を確認したことである。
 このうち海底火山の噴出物は、水冷火山弾や溶岩流が積み重なる地層であり、本連載で説明してきた白浜層群とよく似た特徴をもつ。ところが、この火山噴出物が見られた場所からわずか200メートルほど離れた静岡側の斜面には、駿河湾西岸に広く分布するものと同じ砂や泥の地層が観察されている。すなわち、伊豆固有の地層と本州固有の地層とがわずかな距離を隔てて接しており、伊豆を乗せるフィリピン海プレートと本州側のプレートの境界が、予想通り駿河湾の最深部を通過していることが証明されたのである。
 一方、海底火山の噴出物の上をおおう浅海性砂岩は、水深30〜100メートルに生息する海洋微生物の化石を多く含む石灰質の砂岩であり、約100万年前のものと考えられている。この砂岩の現在の水深は1750メートルだから、100万年の間に約1700メートルも沈下したことになる。つまり、ここでは伊豆をつくる地層の一部が、プレート運動に乗ってまさに本州の下に沈み込もうとしているのである。
 伊豆を乗せたフィリピン海プレートは、今でも年間数センチの速度で北西に移動し続けており、駿河湾は狭くなりつつある。駿河湾へは、富士川・安倍川・大井川などの多くの河川が、大量の土砂を流し込んでいる。本連載の第25〜26回で説明したように、伊豆の北側の足柄山地付近にあった海峡は、プレート運動による伊豆の接近と衝突によって急速に土砂に埋められて閉じてしまった。それと同じことが、今まさに駿河湾で起きつつある。数十万年の後、駿河湾は完全に閉じてしまい、そのとき伊豆は「半島」とは呼べなくなってしまうはずである。

駿河湾の水深1800メートル付近に見られる古い海底火山の噴出物からなる崖。手前はソコダラの一種とみられる深海魚。


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