伊豆新聞連載記事(2007年9月16日)
火山学者 小山真人
伊豆半島西海岸の有名な景勝地である堂ヶ島、その2キロメートルほど南の海岸に、仁科(にしな)川が流れ注いでいる。仁科川は、西伊豆随一と言ってよいほど深く長い峡谷を刻んでいる。河口から川沿いに県道59号線を10キロメートル以上さかのぼって、ようやく西伊豆町で最も海から遠い宮ヶ原の集落に達するが、付近の標高はまだ300メートル余りに過ぎない。周囲は1000メートル近い険しい山々に囲まれている。そんな仁科川の中流から下流の谷沿いに、伊豆半島でもっとも古い時代の地層である仁科層群が分布している。
仁科層群の大部分を占めるのは、海底噴火によって流れ出した溶岩流や、いったん積み重なった噴出物が崩れて海底の斜面を流れ下った水底(すいてい)土石流(どせきりゅう)の堆積物である。このうち、前者の溶岩流は枕状(まくらじょう)溶岩と呼ばれる特殊な形態をとるものが多い。粘りけの少ない溶岩が海底を流れると、溶岩自身の表面張力や海水による急冷作用によって、あたかも切り離す前のソーセージのような、ところどころにくびれのあるチューブ状の流れとなる。その「ソーセージ」が枕のようにも見えることから、枕状溶岩と呼ばれる。英語の名称も、その名の通りピロー(枕)・ラバ(溶岩)である。
枕状溶岩の例として、世界的にはハワイ島のキラウエア火山沖の海底で、現在も時おり流れつつあるものが有名であるが、かつての海底がその後隆起して陸上となった場所でも見ることができる。日本では、静岡県静岡市-焼津市間の大崩(おおくずれ)海岸の枕状溶岩が、その分布の広さや枕の形態の鮮明さで名高いが、他の地域にも数多くの例がある。
仁科層群の枕状溶岩として素人目にも比較的わかりやすいものは、仁科川の河口から北東4キロメートル付近にある西伊豆町一色(いしき)の林道沿いの崖に見られる。ただし、岩石そのものの年代が約2000万年前と古く、その後の変質や風化作用によって「枕」の形態がぼんやりとしているため、枕状溶岩であると納得してもらうためには目の慣れが必要である。
海底火山の噴火で流れ出した仁科層群の枕状(まくらじょう)溶岩(西伊豆町一色(いしき))。ひとつひとつの「枕」の断面が、ぼんやりとわかる。「枕」は、チューブ状の溶岩が冷え固まったものである。溶岩はこの場所に何度も流れてきたため、たくさんの「枕」が折り重なっている。