伊豆新聞連載記事(2008年3月16日)

伊豆の大地の物語(29)

駿河湾の底にもぐる(1)

火山学者 小山真人

 伊豆半島の西側に広がる駿河湾。この湾をはさんで、両岸の地質は大きく異なる。伊豆に分布する地層は、本連載でたびたび説明してきたように、ごく一部の地層を除いて、ほとんどすべてが火山の噴出物からなる。これに対し、駿河湾の西岸に分布する地層の多くは、火山性ではない普通の土砂がたまってできたものである。両者の境界、すなわち伊豆を乗せるフィリピン海プレートと、駿河湾西岸が属する本州側のプレートとの境界は、陸上では富士山付近のどこかを通過しているはずであるが、富士山から流れ出た溶岩流と土石流の下に深く埋もれており、直接観察することは困難である。
 では、海底はどうだろう。駿河湾の海底地形を見ると、伊豆半島を乗せた海底の高まりと、駿河湾西岸から続く海底の高まりが、松崎町の西の沖合にある狭い海底峡谷を隔てて接しているように見える。この場所の水深は1850メートルである。ここに潜水すればプレート境界が直接観察でき、そこにある地層の特徴や年代を調べることによって、駿河湾や伊豆のたどった歴史の一端がわかるかもしれない。そのような期待のもとに、この海底峡谷の潜水調査がおこなわれたのは1991年のことであった。用いられた潜水艇は、日本の誇る「しんかい2000」である。
 「しんかい2000」は、科学技術庁海洋科学技術センター(現在は独立行政法人海洋研究開発機構)が1981年に完成させた有人潜水艇(全長9.3メートル、重さ24トン、定員3名)であり、その名の通り水深2000メートルまでの潜航が可能である。現在では事実上退役し、水深6500メートルまで潜航可能な「しんかい6500」が後を引き継いでいる。ちなみに、2006年に公開された映画「日本沈没」(リメーク版)では、両潜水艇の実物が、それぞれ「わだつみ2000」「わだつみ6500」と名前を変えて登場し、大活躍する。
 1991年10月29日朝、松崎沖20キロメートルの駿河湾に到着した母船「なつしま」から、「しんかい2000」が海面上に降ろされた。第579次潜航調査の始まりである。乗組員はパイロット2名と乗船研究者1名(筆者)の、計3名であった。

駿河湾の海底地形。等深線の間隔は100メートル。「しんかい2000」第579次潜航の調査海域を四角で示す。


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