伊豆新聞連載記事(2008年3月9日)

伊豆の大地の物語(28)

半島への道(4)めりこんだ伊豆

火山学者 小山真人

 伊豆と本州の衝突の結果、両者の間にあった海峡は急激な埋め立てと隆起を受けた後に、地層が垂直に立つほどの変形を受けた。こうした上下方向の変化は、その痕跡が地層の特徴や構造に残りやすいため、通常の地質学の方法で容易に調べられる。ところが、水平方向への大きな移動や、地域全体の回転運動については、特殊な方法を使わない限り、その存在を知ることすら困難である。本連載の第24回で説明した、緯度変化をともなう大規模な水平移動(プレート運動による伊豆の北上)が、その一例である。
 一方,伊豆と本州の衝突にともなって、伊豆やその周辺地域が大規模な回転運動をこうむった可能性も十分ある。その検出のために有効な手段が、この連載で何度も説明してきた岩石の微弱な磁気を測定する方法である。
 地球磁場の磁力線の方位がどれくらい上下に傾いているかを示す角度を「伏角(ふっかく)」と呼ぶことを、本連載の第24回で説明した。これに対し、磁力線の方位が地理上の北の方角からどれくらい東西にぶれているかを示す角度を、「偏角(へんかく)」と呼ぶ。地層や岩石ができた当時の地球磁場の向きと強さは、微弱な磁気として地層・岩石中に記録される。よって、逆にそれらの微弱な磁気を測定することで、その偏角の情報から、地層・岩石の形成後にその場所がどのくらい回転したかを推定できるのである。
 この手法で伊豆とその周辺地域を調べた結果、伊豆に関しては少なくとも500万年前以降は、ごく一部の地域を除いて、大きな回転運動は起きていないことがわかった。ところが、伊豆半島をとりまく地域では驚くべき回転運動が起きていた。伊豆の北東側(大磯(おおいそ)丘陵、丹沢山地、三浦半島)では右回り、伊豆の北西側(蒲原(かんばら)丘陵)では左回りの、場所によって50度以上におよぶ大きな回転運動が検出されたのである。しかも、その回転が起きた時期は、伊豆と本州の衝突が起きた直後とわかった。これによって、伊豆が本州に衝突した後に、本州に「めりこむ」ことによって周囲の地域を押しのけて回転させたことが判明したのである。

各地域の岩石磁気の偏角の平均値を磁針の方位で示したもの。その地域がどのくらい回転したかを、真北からのずれの角度で示す。矢印は本州に対する伊豆の移動方向、灰色の太線はプレート境界の位置。


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