伊豆新聞連載記事(2008年2月24日)
火山学者 小山真人
箱根山の北にある足柄(あしがら)山地に広く分布する地層(足柄層群)は、かつて本州と伊豆の間にあった海峡を埋めた土砂が、その後の地殻変動で変形・隆起したものと考えられている。
当初、足柄層群の年代は、その堅く引きしまった岩質から、少なくとも数百万年前と考えられていた。もしこの年代が正しければ、伊豆と本州の衝突開始時期である約100万年前よりずっと古いため、衝突の直前にあった海峡を埋めた地層とは考えにくい。この問題が解決したのは、1980年代なかばのことである。この頃は、筆者自身の博士論文も含め、伊豆と本州の衝突プロセスを明らかにするための様々な研究が一気に進行した時期にあたる。
まず、地層中に含まれるプランクトン化石の種類、ならびに岩石の磁気測定結果から、足柄層群の年代が、予想よりはるかに新しい200万〜70万年前頃であることがわかった。これによって、足柄層群が、まさに伊豆と本州が衝突した時期にたまった地層であることが確かめられた。
次に注目すべきは、足柄層群がたまった場所の水深の推定結果である。海洋微生物には海中を漂って生活するもの(プランクトン)と、海底に住みついて生活するものの二種類がいる。このうちの後者は、海底の水深によって生息する種が異なる。よって、どんな化石が含まれるかを調べることにより、その場所の当時の水深が推定できるのである。
この方法によって、足柄層群のたまった場所の水深が、200万年前頃が2000〜1000メートル、100万年前頃が400〜100メートルと推定できた。つまり、足柄地域は200万年前の深海から始まり、その後急速に土砂によって埋め立てられ、陸地となった後も隆起を続けたことが明らかとなった。現在の足柄山地は標高千メートル級の山地なので、200万年前からの隆起量は3000メートルに及ぶ。
このような急激な海の埋め立てと隆起は、伊豆と本州の間にあった海峡が埋め立てられて陸地となり、その後も伊豆と本州の衝突によって圧縮されて山地となったとすれば、うまく説明できる。
足柄層群に属する分厚い砂利の地層。当初は水平にたまったはずの地層が、後の地殻変動によって、ほとんど垂直に立っている。JR御殿場線「駿河小山(するがおやま)」駅付近の山中。