伊豆新聞連載記事(2008年2月17日)

伊豆の大地の物語(25)

半島への道(1)閉じた海峡(上)

火山学者 小山真人

 本連載の第1回で、「伊豆半島全体が、かつては南洋に浮かぶ火山島(一部は海底火山)であった。伊豆が本州に衝突し、半島の形になったのは、50万年ほど前のできごとである」と述べた。つまり、50万年前より古い時代の伊豆は、本州の南方沖にあり、現在のような半島の形をしていなかった。伊豆と本州の間には駿河湾と相模湾をつなぐ海峡があったのである。そして、その海峡が、伊豆と本州の接近・衝突によって、50万年前に文字通り「閉じた」のである。
 海があれば、その海底には周囲の陸地から土砂が流れこみ、地層がつくられる。プレート運動による陸地同士の衝突によって海が閉じれば、そのような地層は陸上にせり上がって、今もどこかに存在するはずである。該当しそうな地層が、現在の伊豆半島周辺のどこかにあるだろうか?
 伊豆半島の付け根に箱根山がある。箱根山は、50万年前に噴火を始め、現在も活発な地熱活動を続けている活火山である。その箱根山の北側をぐるりと取りまく形で、酒匂(さかわ)川が流れている。酒匂川に沿って、JR御殿場線、国道246号線、東名高速道路などの主要な交通路が通過している。酒匂川は、御殿場付近の富士山ろくに源を発し、箱根山の北側にある足柄(あしがら)山地に深い峡谷をきざんだ後に、足柄平野に出て小田原の東で相模湾に注いでいる。
 足柄山地には、砂利・砂・泥などが積み重なった地層(足柄層群)が広く分布することが、以前より知られていた。その厚さは膨大なもので、単純に地層の厚さを足し合わせれば5000メートルを超える。しかも、当初ほぼ水平にたまったはずの地層が、地殻変動による激しい変形を受けている。なぜこのような変な地層がここにあるのか、当初は誰も答を知らなかった。
 しかし、足柄層群こそが、かつて本州と伊豆の間にあった海峡にたまった地層であり、伊豆と本州の衝突によって海峡が閉じた時に激しい変形を受けたと考えれば、うまく説明がつく。そのことを証明するための様々な調査・研究が開始されたのは、1980年代の初め頃であった。

(上)100万年前頃の伊豆周辺の状況。
(下)50万年前頃の伊豆周辺の状況。


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