伊豆新聞連載記事(2008年1月27日)

伊豆の大地の物語(22)

伊豆近海の海底を掘る(1)

火山学者 小山真人

 ある地域の大地の歴史を読み解くためには、その場所の地質を調査するだけでは不十分な場合が多い。周辺地域の地質も調べ、結果を比較することによって理解を深める過程が必要である。伊豆の地質調査が一段落していた筆者のもとに、その絶好の機会が舞い込んだのは、1989年のことであった。深海掘削船(くっさくせん)ジョイデス・レゾリューション号の乗船研究者のひとりとして、伊豆七島近海の調査に参加しないかという誘いである。
 深海掘削船とは、海底に千メートルを超える穴を掘り、掘りぬいた地層・岩石のすべてを船上に引き上げて、あらゆる調査・分析をおこなう能力を持った船である。ジョイデス・レゾリューション号(排水量1万8000トン)は、1985年から2003年までに世界中の海底に1797本(総計32万メートル)の穴を掘り、多大な研究成果を残した。
 船の中心には高さ61メートルのやぐらが立てられており、そこから鋼鉄製のパイプ(長さ28メートル)を一本ずつ継ぎ足しながら海底に下ろし、それを船上の強力なモーターで回転させて海底を掘り進めていく。パイプの総延長が長いから、水深数千メートルの海底を掘ることもできる。もちろんパイプの先には堅い岩石を掘るための歯(ビット)が取り付けられている。掘り方の原理は陸上の温泉ボーリングなどと同じだが、規模がずっと大きい。
 ひとつの穴を掘り終えるまで長くて数十日間が必要なため、その間に船が流されたりするとパイプが折れてしまう。そのため、船の周囲に合計12機のスラスターと呼ばれる特殊なスクリューが取り付けられており、海が荒れてもコンピュータ制御によって船の位置を保つことが可能となっている。
 ジョイデス・レゾリューション号は米国の国際深海掘削計画本部が管理・運営しており、一回の航海につき二十数名という乗船研究者枠の競争率は高かった。筆者もかねてより乗船を希望していたが、そのチャンスがようやく巡ってきたのが1989年の第126次航海であった。この航海は、私にとって幸運なことに、伊豆七島近海、ひいては伊豆半島から小笠原諸島に至るまでの地域の起源や歴史をさぐるための調査航海であった。

深海掘削船(くっさくせん)ジョイデス・レゾリューション号の勇姿。伊豆七島近海にて。


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