伊豆新聞連載記事(2007年12月9日)

伊豆の大地の物語(15)

白浜層群の時代(4)堂ヶ島の地層美(下)

火山学者 小山真人

 崖に見られる地層の美しさが売り物の西伊豆堂ヶ島海岸。前回に引き続き、誰もが訪れる天窓洞(てんそうどう)付近の崖を例にとって、地層の見方を解説しよう。
 写真の点線より下の部分が前回説明した水底土石流(すいていどせきりゅう)の地層であり、点線より上の部分が海底に降り積もった軽石の地層である。どちらも同じ海底火山の一連の噴火でできたと考えられている。点線のやや上にある、矢印をつけた3つの大岩に注目してほしい。右の大岩の前に立っている人の背丈からわかる通り、さしわたしが2メートルを超える巨大なものである。どの大岩も、本連載の第13回で説明した水冷火山弾(すいれいかざんだん)であり、火口から海中に放出された際の急冷による熱ひずみによって特徴的な割れ目ができている。このような巨大な火山弾が、どのようにして火口からこの場所にやって来たかを考えよう。
 この3つの水冷火山弾を取り巻いているのは、細かな軽石の地層である。このような軽石が一団となって海底を流れたとしても、2メートルを超えるような火山弾を遠方まで運ぶことは物理的に不可能である。火山弾は重くて、流れの底に沈んでしまうからである。よって、この火山弾は、火口からいったん海中に飛び上がり、軽石が降り積もりつつあったこの場所に直接落下したと考えざるを得ない。
 前回述べたことも含めて、この崖に見える地層から読み取られた太古の物語を説明しよう。海底火山の噴火によって噴出した岩塊(がんかい)や岩片が一団となって斜面をなだれ下り、写真の点線より下の部分にあたる水底土石流の地層をつくった。その際、岩塊の内部は熱いままであり、この場所に流れ着いた時も摂氏(せっし)450度から500度の高温を保っていた。やがて、火口から放出された軽石や岩片が、いったん海中を漂ってこの場所に降り積もり、点線より上にある地層をつくり始めた頃、矢印をつけた巨大な火山弾がズシンと落下してきた。その後も軽石は降りつもり、やがて海流や波浪の作用によって、積もった軽石の上部に斜交層理(しゃこうそうり)が作られた。それが崖の最上部に見られる美しい波紋状の模様であり、今では多くの観光客を呼び寄せているのである。

堂ヶ島海岸の天窓洞(てんそうどう)付近にある崖。海底火山がつくった美しい地層が見られる。点線と矢印の説明は本文を参照。


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