伊豆新聞連載記事(2010年3月28日)
火山学者 小山真人
前回まで3回にわたって、伊豆の火山が私たちに与えてくれた大きな恵みの数々について述べてきた。そこからわかることは、伊豆に住む人々や伊豆を訪れる人々にとって、火山は母なる存在だということである。古来より伊豆の人々は、火山の活動によって各地にもたらされた地形、噴出物、湧水、温泉、鉱床、石材などを巧妙に利用し、生活の場や糧としてきた。私たちは、大地とともに生きるすべを自然と身につけてきたのだ。こうした恵みは普段なかなか意識できないが、ほんの少しの知識さえあれば、見慣れた風景の中にいくらでも大地の息づかいを発見することができる。
綿々とした大地の営みの中で、恵みと災害はつねに表裏一体の関係にある。長い目で見れば、伊豆東部火山群の噴火は今後も続いていくだろう。しかし、たいていの火山の一生において噴火期はほんの一瞬に過ぎず、休止期はそれよりはるかに長い。第96-98回にまとめた噴火史から推計すると、伊豆東部火山群の噴火は、ここ3万年ほどの間、平均3000年に1度しか起きていない。1989年の海底噴火は本当に不運な出来事だったのである。だから、伊豆東部火山群をむやみに恐れたり、嫌ったりすることは間違いである。万一の噴火や災害に備えた十分な準備と対策を施しておきさえすれば、伊豆に住む人々や、そこを訪れる観光客は、安心して大地の恵みを今後も享受してゆくことができるだろう。
いまそうした大地の残した資産を活かした新しい観光のあり方が世界的に提案され、実行されつつある。ユネスコが始めたジオパーク・プロジェクトである。ジオ(Geo)は大地の意味であり、パークは言うまでもなく公園である。昨年秋ころから川勝平太・静岡県知事が伊豆にジオパークをつくろうと呼びかけ始めたことから、いま急速に注目を浴びつつある。ジオパークの実現のためには、明確なテーマとストーリーが必要であると言われている。その視点から見れば、本連載で書きつづってきたことは、まさに伊豆ジオパークの基盤となる大地の歴史(ストーリー)そのものであった。書ききれなかったことも数多くあるが、伊豆ジオパークに向けた動きを見守りつつ、ここでいったん筆をおくことにする。今後も機会があれば、伊豆各地にある将来のジオサイト(見学地点)のガイドブック的なことを書いてみたいと思う。2年半も続いた本連載を読んでくれた方々に、心から感謝したい。(了)
伊豆東部火山群のつくった地形や造形を解説する看板。新しい火山観光の提案でもある。NPO法人「まちこん伊東」の方々の尽力によって、2004年10月に大室山のリフト乗り場に設置された。