伊豆新聞連載記事(2010年3月14日)

伊豆の大地の物語(133)

大地と共に生きる(7)火山の恵み(中)

火山学者 小山真人

 火山は水の恵みも与えてくれる。伊東温泉街の南にある一碧湖(いっぺきこ)は、およそ10万年前に噴火した火口に水がたまったものであり(本連載の第52回参照)、とっておきの憩いの場を私たちに提供してくれた。その南東に隣接する凹地も、一碧湖と同じ割れ目噴火でできた火口(沼池、旧称:東大池)である。今は宅地や湿原となっているが、かつては水をたたえた湖であった。
 4000年前に大室山から流出して南に向かった溶岩流は、 鹿路庭(ろくろば)峠の東側にあった谷間の出口をふさぎ、一碧湖2個分ほどの広さの湖をつくった(第85回参照)。この湖のなごりが現在の伊東市池(いけ)の盆地であり、湿地の特性を利用して良質の米が栽培されている。伊東市十足(とおたり)の盆地も大室山の溶岩流がつくった湖の跡である。また、今は宅地に姿を変えたが、伊東市吉田や水無田(みなしだ)の両盆地も、かつては小室山の溶岩流が谷をふさいでつくった湖だった(第75回参照)。
 火山の噴出物には割れ目やすき間が多いので、そこに地下水がたくわえられ、山の中腹やふもとに湧き出すことがある。鉢ヶ窪(はちがくぼ)と馬場平(ばばのたいら)の両火山の噴出物中にたくわえられた地下水は、伊東市の上水道の源となっている(第72回参照)。天城山の溶岩流(第35回参照)の割れ目にたくわえられた大量の地下水が湧き出してあちこちの沢を流れるため、そこに多数のワサビ田がつくられている。松崎町石部(いしぶ)の棚田を流れる豊かな水も、上流にある蛇石(じゃいし)火山(第38回参照)の溶岩中の割れ目から湧き出したものである。
 こうした地下水は、海水とともに地中深く染みこみ、伊豆の大地がもつ高い地熱によって温められ、岩石中からさまざまな成分を溶かし込んだ後に、再び地上に湧き出している。伊豆観光の目玉と言うべき温泉である。この高い地熱は、これまで伊豆に幾多の火山を誕生させてきたマグマが地下から運んだものであり、いわば火山活動の「余熱」である。
 火山特有の良質な湧水は、たとえば富士山では「バナジウム水」などとして売り出され、フランスのシェヌ・デ・ピュイ火山群に至ってはミネラルウォーター「ヴォルヴィック」として世界中に輸出されている。温泉だけでなく、伊豆の湧水も十分なブランド力を秘めていることを知ってほしい。

西側上空から見た伊東市の一碧湖。その右上に隣接した凹地は沼池火口。一碧湖の左上方に見える市街地は吉田盆地で、ここもかつて湖だった。吉田盆地の左上に小室山が見える。


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