伊豆新聞連載記事(2010年2月21日)

伊豆の大地の物語(130)

大地と共に生きる(4)ハザードマップと避難計画(下)

火山学者 小山真人

 いま導入が検討されている伊豆東部火山群に対する噴火予報・警報システムを有効に機能させるためには、ハザードマップとそれにもとづく避難計画の作成が必須であると前回述べた。ハザードマップは、日本にある108の活火山のうちの主要な30余りに対して、すでに作成・配布されている。浅間山や伊豆大島などの頻繁に噴火する火山はもちろんのこと、富士山や箱根山などの長期間にわたって噴火の徴候がない火山でも、万一の事態を重視する考えにもとづいて次々と公表されてきた。ところが、1989年の海底噴火を経験したにもかかわらず、伊豆東部火山群のハザードマップは未作成のままである。ここ20年ほどの間に噴火した(あるいは噴火未遂事件を起こした)ほとんどの火山において、その後もれなくハザードマップが作成されてきたが、唯一の例外が伊豆東部火山群となってしまっている。
 このことを招いた原因のひとつが、地元行政や観光業者の消極的意識だと私は見ている。こうした防災情報の公開が観光地のイメージを傷つけると思うのだろう。その心情は理解できるが、短絡的すぎる。旅館の防火対策にたとえるなら、しっかりした観測データにもとづく噴火予報・警報システムは信頼性の高い火災報知器、ハザードマップは非常口への避難誘導地図に相当する。どちらが欠けても宿泊客を危険にさらすことになる。
 仮にハザードマップの公開が観光地のイメージを多少傷つけたとしても、大衆は何事に対しても忘れるのが早いし、本当に魅力的な観光地であれば、そんなことにおかまいなく客は集まるのではないだろうか? ハザードマップを作成した火山観光地の中には、当初そうした情報公開に消極的だった自治体もある。しかし、実際にハザードマップが原因で観光客が減ったという話は聞いたことがない。こうした防災情報の公開が観光にマイナスだと思うのは、おそらく根拠のない幻想であろう。旅館の部屋の扉に避難誘導地図が貼ってあるからと言って、不安を感じる客がいるだろうか? 現実はむしろ逆であり、避難地図や防火システムが完備した旅館が、観光客の信頼と支持を得るのではないだろうか。いずれにしても、避難地図のない観光地にお客を泊める、そんな異常な事態を長く続かせてはならない。

これまでハザードマップを作成・公開した日本の火山地域。数字は刊行年。


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