伊豆新聞連載記事(2010年2月14日)

伊豆の大地の物語(129)

大地と共に生きる(3)ハザードマップと避難計画(上)

火山学者 小山真人

 前回述べたように、大きな歪(ひず)み変化をともなった伊豆東方沖群発地震が過去に4回あり、そのうちの1回(1989年6〜9月)で海底噴火が起きた。計46回の群発地震のうちで噴火にまで至ったものは、この一例だけである。この時の総地震回数(無感も含む)は2万5000回近く、有感地震回数も494回となり、いずれも過去最多であった。つまり、歪み変化の大きさと地震回数に注目していれば、噴火可能性の大小を評価できそうである。
 この考えにもとづき、気象庁は数年前から、伊豆東部火山群の噴火に関する予測情報の出し方を検討中である。具体的には、歪み変化と地震回数を注意深く見守り、そのどちらかが異常に大きくなった時点で何らかの予報を発表し、さらに事態が進展した場合や、火山性微動(びどう)などのマグマの危険な動きが観測された場合には、警報に格上げすることを検討している。
 しかし、この予報・警報システムの成立をはばんでいる要因がある。それは伊豆東部火山群のハザードマップの不在である。ハザードマップとは、住民に危険が及ぶ可能性のある範囲を予測した防災地図のことであり、すでに日本の主要な火山地域で作成・公表されている。ハザードマップがあれば、行政はそれにもとづいた住民の避難計画を事前に作成できるだけでなく、学校や病院などの要援護者施設を建設・移設する際に役立てることもできる。住民にとっても自宅や職場の危険性を事前に把握することができ、避難経路を考える材料にもなる。つまり、ハザードマップはあらゆる防災対策の基盤となる地図なのである。
 ハザードマップとそれにもとづく避難計画が完備していれば、地元行政は危険区域に住む人々に対して避難の勧告や指示を適切に出すことができ、またそうした行政からの連絡がなくても、危険を感じた住民が自主的に安全な場所に避難することも可能となる。逆に、ハザードマップ不在のまま伊豆東部火山群に噴火警報が出された場合、行政や住民はどこが危険かわからないため、右往左往することになってしまう。つまり、予報・警報システムの導入にあたっては、ハザードマップと避難計画の整備が必須なのである。

ハザードマップと噴火警報にもとづく避難計画の例。すでに富士山周辺の自治体に適用されている。ハザードマップ上の危険度によって行政区画が第1次〜第3次ゾーンに色分けされており、そこにいる住民・観光客の立場ごとに対応が定められている。神奈川県の資料より。


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