伊豆新聞連載記事(2009年10月4日)

伊豆の大地の物語(110)

生きている伊豆の大地(12)構造回転の謎(中)

火山学者 小山真人

 前回、伊豆市(旧中伊豆町)で採取した宇佐美火山の溶岩の磁気方位が、東に行くほど反時計回りにずれていることを筆者が発見したと述べた。流れ出た溶岩は短い時間内に冷え固まり、溶岩中に含まれる磁鉄鉱(じてっこう)などの磁気を帯びる性質をもつ鉱物が、その時の地球磁場の方位や強さを記録する。このため、同じ溶岩流であれば、どこを測定しても磁気方位がそろっていることが普通である。磁気の向きや強さが後で変化する場合もあるが、実験室内での処理によって噴火当時の安定な成分だけを取り出しているので、そうした原因によるずれとは考えにくい。磁気方位のずれは、溶岩の地層自体が傾くことによっても起きるが、この地域の溶岩流は、ほぼ水平か、ゆるい傾斜をもつものばかりである。よって、磁気方位の大きなずれの原因は、採取地点を含む岩盤そのものが回転したためと考えざるを得ない。
 筆者は、この結果を1981年に学会で発表し、論文としても公表したが、当時の学者たちは半信半疑であった。その当時は、世界的に見ても岩石中の磁気測定のデータ数が限られていたので、岩盤が局地的に大きく回転するという事実がほとんど知られていなかったためである。しかし、それから10年ほどのうちに、世界各地から同様な結果が報告されるようになった。そして、この種の現象は「構造回転(テクトニック・ローテーション)」、あるいは岩盤が細かなブロックに分かれて回転することから「ブロック・ローテーション」と呼ばれるようになり、そのメカニズムについての議論も盛んになった。
 その後、筆者はさらに北方の多賀火山も含めた溶岩流の磁気方位を測定し、データ数を増やした。その結果、伊豆市内(図に四角い破線で示した範囲)で東に行くほど反時計回りにずれていたのは見かけ上のもので、より大きな視点で見ると丹那(たんな)断層と伊豆の東海岸にはさまれた地域全体が、多かれ少なかれ反時計回りに回転していることが明らかになった。とくに、熱海市網代(あじろ)から伊東市宇佐美にかけての海岸沿いとその内陸部での回転が著しい。中には回転角が70度を超えるものもある。このような岩盤の回転を起こした原因は何なのだろうか? なぜ丹那断層の東側だけが回転しているのだろうか? そうした疑問に対する答を次回以降に考えていこう。

多賀火山および宇佐美火山の各地点の溶岩のもつ磁気方位を矢印で示した。これらの矢印は、本来は地球磁場の方向、つまり北に近い方位を示すはずであるが、丹那断層(灰色の太線)の東側では反時計回りのずれを示すものが多い。細線は主な活断層。


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