伊豆新聞連載記事(2009年9月27日)

伊豆の大地の物語(109)

生きている伊豆の大地(11)構造回転の謎(上)

火山学者 小山真人

 伊豆半島を代表する活断層である丹那(たんな)断層の東側の地殻が、北西-南東方向に伸びる別の多数の活断層によって、まるで短冊(たんざく)のように細かく切り刻まれていることを前回述べた。短冊の長さは陸上部分だけで10キロメートル以上に及ぶものもあるが、短冊の幅はわずか数百メートルないしは1キロメートル程度しかない。このような特徴的な活断層分布は日本列島全体で見ても珍しく、異常な地殻構造と言ってよい。いったい伊豆半島北東部の地殻に何が起きたのであろうか?
 この構造のできかたを解明する鍵となったのが、本連載の第28回で述べた岩石中の微弱な磁気の方位である。地層や岩石ができた当時の地球磁場の向きと強さは、微弱な磁気として地層・岩石中に記録されている。この磁気の方位を測定することによって、伊豆が本州に衝突してめりこんだ時に、神奈川県の大磯丘陵などの周辺地域を根こそぎ回転させたことがわかったと、第28回で説明した。その際に、伊豆に関しては少なくとも500万年前以降は、ごく一部の地域を除いて、大きな回転運動は起きていないと述べた。しかし、その例外である「ごく一部の地域」が、ここで問題とする丹那断層の東側の地域なのである。
 この地域に分布する地層の多くは、第34回で述べた多賀(たが)火山と宇佐美火山の溶岩流である。これらの溶岩中の磁気を測定する研究は1950年代後半からおこなわれており、当時から磁気方位のずれが不思議がられていたが、その原因は地球磁場そのものの方向が現在と異なっていたためと考えられた。しかし、その後の日本各地での研究が進み、当時の地球磁場の方向は現在とほとんど変わらないことがわかったため、伊豆北東部の磁気方位のずれは原因不明の謎として残されていた。
 この謎の解明のきっかけとなったのが、やや手前味噌であるが、筆者の大学生時代の卒業研究である。本連載の第19回で述べたように、筆者は1979年から約2年かけて伊豆市(旧中伊豆町)から伊東市東部にかけての地質調査をおこなうとともに、宇佐美火山の溶岩から採取した岩石の磁気方位の測定をおこなった。その結果は驚くべきものであった。それらの磁気方位は、東に行くほど反時計回りにずれ、場所によっては90度近く、つまり本来の北ではなく、ほとんど西を向いていたのである。

チェーンソーを改造したドリルで宇佐美火山の岩石サンプルを採取中の大学生時代の筆者。

 

宇佐美火山の岩石の磁気方位のずれ。横軸は東西方向の距離で、原点は冷川峠付近にあたる。US-IIとUS-IVは、それぞれ同じ時期に流出した溶岩であり、本来はどこでも同じ真北の方位をもつべきであるが、東に行くほど反時計回りのずれを示している。


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