(小山真人「富士山大噴火が迫っている!最新科学が明かす噴火シナリオと災害規模」技術評論社2009より抜粋)

富士山噴火

過去の前兆や大地震との連動についての基礎知識

小山真人(静岡大学防災総合センター教授)

 

1.1707年富士山宝永噴火の前兆
 宝永噴火のような大噴火は、何の前ぶれもなしに始まったのでしょうか? 火山の噴火には前兆が観測できない場合もありますが、宝永噴火には明確な前兆がともなっていたことを複数の記録から確かめることができます。
 宝永噴火に先立つ1707年10月28日に、宝永東海・南海地震が発生しました。この地震は、四国沖から駿河湾にいたる長大な海底断層(プレート境界断層)を震源としたマグニチュード8.7にもなる巨大地震であり、東海地方から近畿・四国・九州地方にいたる広い範囲に震度6〜7に達する揺れや津波による大きな被害を与えました。宝永噴火は、この地震のわずか49日後に起きたため、地震が引き金となって火山噴火がおきた典型例と考えられています。
 宝永東海・南海地震の発生から49日目の12月16日に宝永噴火が始まったわけですが、その間どのような噴火の前兆が生じたかを、地元に残る記録から読み取ることができます。それによれば、宝永地震後の富士山中では、1日のうちに10〜20回の小地震がありましたが、山ろくでは感じられませんでした。このことから、これらの小地震が宝永地震の単なる余震ではなく、富士山直下で起きていた(おそらく火山性の)群発地震であることがわかります。
 さらには、噴火開始の前日から当日にかけて、群発地震が徐々に有感範囲を広げていく様子が明らかになりました。12月15日の午後に現在の裾野市、富士宮市、山梨県忍野村だけで感じられていた群発地震は、夜に入ってその有感範囲を拡大し、静岡県御殿場市、沼津市、神奈川県箱根町、小田原市でも群発地震として感じられるようになりました。そして翌日の噴火開始に至ったのです。

 

2.大地震は富士山の噴火を誘発させるか
 将来富士山の近くで大地震が起きれば、富士山の噴火をふたたび誘発する恐れがあるのでしょうか? 実は、宝永東海地震の4年前(1703年)におきた元禄関東地震の直後に、現在の静岡県沼津市で4日間にわたって富士山から山鳴りが聞こえたという記録があります。元禄関東地震は、1703年12月31日に相模湾とその沖合の海底断層(プレート境界断層)を震源として生じたマグニチュード8.2の巨大地震です。この地震によって、主として関東地方の南部が震度6〜7の強い揺れと津波に襲われました。
 現代地震学の知識に照らせば、地殻の浅い部分で地震が生じた場合、地震波の一部が音波に変換されて山鳴り(鳴動)として聞こえる場合のあることがわかっています。元禄関東地震の後に富士山から聞こえてきた鳴動は、富士山付近の比較的浅い地下での群発地震発生を意味すると考えられます。つまり、元禄関東地震によって刺激を受けた富士山直下のマグマが、浅い部分にまで上昇して群発地震を起こしたようですが、幸いにして噴火には至りませんでした。
 宝永地震や元禄地震のケース以外にも、富士山付近で起きた大地震の前後に、富士山の火山活動に何らかの変化が生じたとみられる例がいくつかあります。地震によって生じた地殻ひずみの変化、あるいは地震の揺れそのものが、富士山のマグマだまりに力学的な影響を与えて、火山活動の変化を引き起こしたといえそうです。
 ただし、前述した元禄地震後の鳴動の例でわかるように、いくら地震によって火山が刺激を受けたとしても、噴火にまで至るためには火山自身の準備が相当整っている必要がありますから、たとえば次の東海地震が近い将来起きたとしても、それに続いて必ず噴火が起きるというわけではありません。

富士山の1704年異常と1707年噴火の事件推移のまとめ

 

3.大地震と火山噴火が連動するメカニズム
 地震は、地下の断層が急激にずれることによって発生します。断層のずれは、地震波を発生させるだけでなく、断層のまわりの地殻内のひずみのかかり方を劇的に変化させます。この歪み変化が、マグマだまりを膨張させる方向に働いた場合、マグマだまり内では急激な減圧が生じることになります。すると、マグマ中に溶けていた水などの揮発性成分が、減圧によって急激な発泡を起こす可能性が考えられます。あるいは、コーラのビンを振ると急に泡立って栓を吹き飛ばすことからもわかるように、地震波そのものによってマグマだまりが揺さぶられ、マグマの発泡が急激に進行するかもしれません。こうした発泡によってマグマ全体の密度が小さくなるため、大きな浮力が発生すると考えられます。
 地震による地下の断層のずれが、マグマだまりを急激に圧縮させる方向に働く場合も考えられます。この場合は、マグマだまり内で急激な圧力増加が生じることになり、その圧力によってマグマが地表にしぼり出される可能性が考えられます。
 いずれにしろ、こうしたケースでは、地表を押し上げたり伸ばしたりする地殻変動を起こす、あるいはマグマが地殻を割って昇る際に発生する群発地震の震源が時間とともに浅くなってくるなどの特徴があるため、十分な観測網があれば噴火の開始を事前に予知しやすいと考えられています。

火山噴火と、近くで起きる大地震の関係。火山の近くに、大地震を引き起こす震源断層があるとする(0:初期条件)。先に震源断層が動いて大地震が起きた場合(A:震源断層破壊)、その影響で火山が噴火する場合(A-1:火山の活発化)と、逆に火山が静まる場合(A-2:火山の沈静化)が考えられる。また、先に火山が噴火あるいは噴火しそうになった場合(B:火山の活発化)、その影響で震源断層が大地震を起こす場合(B-1:震源断層破壊)と、逆に震源断層で地震が起きにくくなる場合(B-2:震源断層安定化)が考えられる。さらに、周辺のプレート運動が火山と大地震の両方をコントロールしている場合(C)もありえる。

 

マグマの上昇をとらえて噴火開始の予知をおこなうしくみ

 

4.ウソをつく火山、富士山
 では、富士山の噴火開始を事前に予知することは本当にできるでしょうか? 残念ながら、確かなことはわかりません。
 歴史時代にあった10回の噴火の中で、詳しい記録が残っているものは江戸時代に起きた宝永噴火だけです。宝永噴火には群発地震などの明確な前兆があったことが、複数の記録から確かめられます。このことから、宝永噴火のように地下での大規模なマグマの移動をともなう噴火であれば、噴火の前兆が観測できると考えられます。
 しかし、少量のマグマがこっそり上ってきた時には、噴火の前兆がまったく観測されない場合も考えられるので、油断は禁物です。
 一方で、富士山は、前兆が観測されたからといって必ず噴火するわけではないという、やっかいな面をもっています。先に述べたように、宝永噴火の約4年前に相模湾で起きた元禄関東地震の後にも、富士山の地下の浅い部分に上ってきたマグマが群発地震を起こしました。しかし、この時は幸いに噴火に至りませんでした。
 2000年3月に有珠山の噴火予知に成功した北海道大学の岡田弘教授(当時)は、「有珠山はウソをつかない山である」と言いました。これは、有珠山で群発地震が起きた時は、歴史上必ずと言ってよいほど噴火に至っていたからです。
 ところが、富士山は有珠山と違ってウソをつく山のようです。しかし、噴火に至らない場合も、富士山の地下でのマグマ活動の活発化は、大きな社会騒動を引き起こすに違いありません。そのことも十分頭においた対策を今から考えておく必要があります。

 

参考文献

中央防災会議災害教訓の継承に関する専門調査会報告書「1707富士山宝永噴火

富士山噴火とハザードマップ-宝永噴火の16日間-.古今書院,174p,2009

富士山大噴火が迫っている!最新科学が明かす噴火シナリオと災害規模.技術評論社,199p,2008

富士山の低周波地震

富士山の火山活動の監視−宝永噴火シナリオと火山情報−

火山で生じる異常現象と近隣地域で起きる大地震の関連性


 静岡大学小山研究室ホームページへ