(火山噴火予知連絡会会報,no.79,103-108,2002)

火山としての富士山に対する住民意識
(2000年11〜12月調査結果)

小山真人・羽根優子(静岡大学教育学部総合科学教室)

Hazard recognition among residents around Fuji Volcano: results of a questionnaire survey in November-December, 2000

Masato Koyama, Yuko Hane (Faculty of Education, Shizuoka University)

1.はじめに
 低頻度自然災害の時間的・空間的性質は一般社会の常識とかけ離れたものが多いため,専門家と住民との間に大きな認識の差があるのが普通である1).このため,低頻度自然災害にかんする防災情報を適切な方法で発信・周知するためには,まず住民自身が自然の事物や現象に対してどのような意識を抱いているか,そしてそれが専門家の意識とどれほど乖離したものであるかを知っておく必要がある.
 富士山は,気象庁によって活火山認定されているにもかかわらず,低周波地震回数の異常増加が広く知られる以前の2000年11月までは,住民に火山としてほとんど意識されていないように見えた.そこで,平穏時の富士火山に対する住民意識の実態を明らかにするための調査をおこなった.自然災害に対する住民意識調査としては,たとえば地震に関するものは組織的に繰り返しおこなわれているが2),火山(とくに平穏時の火山)を対象としたものはわずかである3)4)
 なお,2000年10月頃からの富士山下の深部低周波地震増加の事実は,本調査をおこなった2000年11月末〜12月初めの時点では,ほとんどの住民の知るところではなかった.低周波地震回数の異常が住民に広く伝えられたのは,新聞では2000年12月14日の静岡新聞記事が最初であり,全国紙や山梨県側の地方紙に記事が載り始めたのは2001年1月以降である.また,住民向けの火山防災啓発リーフレットである「富士山火山防災ハンドブック」5)が富士市・富士宮市に全戸配布されたのは2001年の夏以降である.つまり,2000年の有珠山や三宅島の噴火による全国的な意識の高まりがあったとはいえ,本調査は平穏時における富士山麓住民の意識の一端を明らかにできたと思われる.

2.方法
 本調査は,中学生・高校生および社会人を対象とした記入式のアンケートを実施することによっておこなった(第1表).学生については各学校の校長の了解を得たうえで,学級担任にアンケート実施を依頼した.社会人については,アンケート用紙を直接配布し,数日後に回収した.回収率は,学生・社会人ともに100%である.回収率が良いのは,調査対象校と対象企業が筆者の一人(羽根)の母校と自宅であることによる.

第1表:火山としての富士山に対する住民意識調査アンケートの概要.

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調査期間:2000年11月27日〜2000年12月2日
調査対象・人数:
 中学生・高校生198名(男107名,女91名),社会人85名(男38名,女47名)の合計283名( 男145名,女138名)
内訳:
 富士市立吉原第二中学校2年1組,2組,および5組生徒(男53名,女52名,計105名)
 静岡県立富士高等学校2年7組および8組生徒(男54名,女39名,計93名)
 PCシステム株式会社(業種:健康食品の製造と卸売)社員とその家族および親戚縁者(富士市,富士宮市,芝川町在住の20代〜80代の男38名,女47名の計85名)
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 アンケートは,以下に示す10設問についての回答を選択肢から選ばせる方式で行った.配付したアンケート用紙を資料として本報告の末尾に付した.
1.あなたは,富士山を火山として認識していますか?
2.あなたは,富士山の過去の噴火について,今まで学校や家族から教えられたことがありますか?
3.あなたは,次に富士山が噴火するのは,いつ頃だと思いますか?
4.あなたは,もし富士山が噴火したら,自分の生活している場所がどのくらい被害を受けると思いますか?
5.あなたは,もし富士山が噴火したら,具体的に何によって被害を受けると思いますか?(複数回答可)
6.あなたは,もし富士山が噴火したら,他の火山と比べて被害の大きさはどうなると思いますか?
7.あなたは,富士山が噴火した場合の対策や避難について,家族や友人などと話し合ったことがありますか?
8.あなたは,富士山が噴火しそうになったとき,その前兆が観測され,それにもとづいて警告が出されると思いますか?
9.あなたは,富士山の将来の噴火について,その噴火場所や噴火のしかたを,今から予測できると思いますか?
10.東海地震と富士山の噴火は,互いに関係があると思いますか?

3.結果
 アンケート結果は,男女別,学生・社会人別,中学生・高校生別に単純集計し(第2表),各設問ごとにグラフ化した(第1〜10図).各設問ともに男女間の顕著な差はみられないが,学生と社会人の間で特徴的な差が出たものがある.主要な知見を以下にまとめる.
1)学生の64%(中学生55%,高校生74%),社会人の78%が富士山を火山として認識(「よく認識」または「ある程度認識」と回答)している(設問1).高校生の認識の程度は,社会人とほぼ同等である.
2)学生の60%(中学生51%,高校生69%),社会人の74%が富士山の過去の噴火について教えられた経験(「よくある」または「多少ある」と回答)をもつ(設問2).
3)富士山が100年以内に噴火すると思っている者の割合は,学生・社会人とも70%前後である(設問3).このうち10年以内に噴火すると思っている者の割合は,学生では34%(中学生36%,高校生32%)であるが,社会人では8%と顕著に少ない.
4)富士山噴火時に自分の生活場所が非常に被害を受けると思っている者が,学生の69%,社会人の79%を占める(設問4).具体的な被害のイメージはさまざまである(設問5).
5)学生・社会人とも90%前後の者が,富士山噴火の被害が他火山と比べて大きくなると思っている(設問6).
6)学生・社会人とも85%前後の者が,富士山噴火時の対策や避難について家族や友人と話し合った経験をまったくもっていないか,あまりもっていない(設問7).
7)学生の71%,社会人の82%が,富士山噴火の際に何らかの前兆現象が観測されると思っている(設問8).まったく前兆が捉えられないと思っている者は学生の10%に過ぎず,社会人には皆無である.
8)学生・社会人とも,将来の富士山噴火の場所や様式について,約50%の者がある程度予測可能と思っている(設問9).ただし,中学生については39%と割合が低い(高校生は62%).
9)東海地震と富士山噴火について何らかの関係があると思っている者が,学生の76%,社会人の84%を占める(設問10).

第2表:火山としての富士山に対する住民意識調査アンケートの集計表.

 

第1図:火山としての富士山に対する住民意識調査アンケート結果(設問1の回答分布)(上).第2図:火山としての富士山に対する住民意識調査アンケート結果(設問2の回答分布)(下).

 

第3図:火山としての富士山に対する住民意識調査アンケート結果(設問3の回答分布)(上).第4図:火山としての富士山に対する住民意識調査アンケート結果(設問4の回答分布)(下).

 

第5図:火山としての富士山に対する住民意識調査アンケート結果(設問5の回答分布)(上).第6図:火山としての富士山に対する住民意識調査アンケート結果(設問6の回答分布)(下).

 

第7図:火山としての富士山に対する住民意識調査アンケート結果(設問7の回答分布)(上).第8図:火山としての富士山に対する住民意識調査アンケート結果(設問8の回答分布)(下).

 

第9図:火山としての富士山に対する住民意識調査アンケート結果(設問9の回答分布)(上).第10図:火山としての富士山に対する住民意識調査アンケート結果(設問10の回答分布)(下).

 

4.考察
 本調査によって明らかになった富士山麓の平均的な住民像は次のようなものであろう.富士山をある程度火山として認識し,遅くとも100年以内には噴火すると考えている.噴火した際には自分たちの生活場所が大きな被害を受けると思っているが,具体的な対策や避難についてはあまり考えていない.噴火の前兆は高い確率で観測でき,噴火場所や様式の予測もある程度できると期待している.また,東海地震と富士山噴火の間には何らかの関連性があると疑っている.
 富士山に対する火山としての認識度(設問1)は,筆者が当初漠然と考えていたよりも高いことがわかった.これは富士山の過去の噴火について学ぶ機会が多かったこと(設問2)によるのかもしれない.
 次の噴火は10年以上先と考える者の割合が92%を占める社会人(設問3)においては,噴火の切迫意識はそれほど高くないと言えるだろう.一方で,噴火を10年以内と考える者が学生の34%とかなりの割合を占めているが,その理由は不明である.
 本調査の対象地域が南西麓の富士・富士宮地区であることを考慮すれば,富士山噴火の際に自分の生活場所に大きな被害がもたらされると考える者の割合が7〜8割を占めること(設問4)は,やや過剰なリスク認知と言えるだろう.なぜなら,南西麓に深刻な被害を与えた(あるいは与えるポテンシャルを秘めていた)噴火は,過去1万年間で見ても大沢スコリア,大沢火砕流-3,大淵スコリア,大淵丸尾溶岩など数例に過ぎないからである6).また,富士山が他の火山と比べて大きな噴火災害を起こすだろうとの認識(設問6)もほとんど根拠がないものであり,やはり過剰なリスク認知である.
 そのような過剰なリスク認知をもちながら,具体的な防災対策を考えている者の割合は少ない(設問7).このことは,10年以内の噴火可能性を考える者の割合が多い学生(設問3)においても同様である.噴火予知の可能性が高いと考える者の割合が多い(設問7および8)ため,防災対策を切実なものとして認識できないのかもしれないが,理由は不明である.
 いずれにしろ,今回の調査は南西麓のごく限定されたコミュニティを対象として予備調査のつもりでおこなったものであり,因果関係の考察のためにはデータが不足している.今後は別地域や別コミュニティを対象とした本格的な比較調査が必要であるが,本調査の直後に低周波地震回数の異常が周知されたことによって調査対象である住民意識自体が大きく変化してしまった可能性が高い.平穏時の意識調査を継続するためには,しばらく時間を置く必要があるだろう.

参考文献
1)小山真人(1999):地震学や火山学は,なぜ防災・減災に十分役立たないのか―低頻度大規模自然災害に対する“文化”を構築しよう―.科学,69,256-264.
2)たとえば,静岡県防災計画室(2000):東海地震についての県民意識調査.静岡県,317p.
3)荒井健一・宇井忠英(1997):活動静穏期の火山地域における火山災害に関する住民意識〜恵山火山を例に〜.日本火山学会1997年度秋季大会講演予稿集,112
4) 宇井忠英・嘉納智子(1999):火山噴火と災害に関する大学生の認識.日本災害情報学会1999年研究発表大会予稿集,63-70.
5)国土交通省中部地方整備局富士砂防工事事務所・山梨県・静岡県(2001)富士山火山防災ハンドブック.26p.
6)宮地直道(1988):新富士火山の活動史.地質雑,94,433-452.


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