明治から昭和10年代にかけて,大森房吉や武者金吉らの手によって,史料中に残された日本の歴史時代の噴火記録が,地震記録とともに系統的・組織的に収集された(ほんらい「史料」は,遺物・遺跡・口碑伝承なども含む史学研究の材料すべてをさすが,ここでは文字・絵画史料の意味に限定する).その成果として「日本噴火志」や「増訂大日本地震史料」などの史料集が編纂され,歴史時代における日本の火山噴火の概要が明らかになった.しかしながら,これらの史料集には質の低い二次史料も多数含まれており,高度の活用をおこなうためには史料の評価や選別が不可欠であった.昭和10年代末の時点で,史料をもちいた火山学研究はやっと出発点に達した状態であったと言える.
ところが,それから50年以上もの長きにわたって,噴火史料は火山学者に注目されることがほとんどなく,史料の選別・解析作業や新史料の収集作業は進展しなかった.史料の批判・選別の重要性すら十分に理解されていなかった.火山学者たちはごく最近まで,個々の史料の出自や信頼性を問うことなく,史料中に書かれた記述を基本的にはそのまま事実として受け入れ,噴火堆積物との対比や噴火史の構築をおこなってきたのである.一方,日本の地震学者たちは,1970年代から地震史料の系統的収集を再開するとともに,個々の史料の信頼性の吟味にまで踏み込んだ質の高い研究成果を得てきた.
そのような状況に危惧をいだいた火山研究者の有志が集まり,1994年10月に日本火山学会「史料にもとづく火山の噴火史研究」ワーキンググループ(略称:史料火山学WG)を発足させた.史料火山学WGは,文献史学の基礎知識や方法論を学んで史料を批判・選別する目を養うとともに,史料を活用して精度・確度の高い噴火史や噴火推移の再構築をおこなうことを目的として,さまざまな活動をおこなった.3年間の活動期間中にニュースレター「歴史噴火」を25号(計286頁)発行し,研究発表会を3回(つくば,浅間,伊豆大島),野外地質巡検を2回(浅間,伊豆大島),ミーティングを7回開催し,1997年9月に解散した.
日本火山学会誌「火山」の本特集は,史料火山学WGの最終成果報告書としての原著論文集である.全部で論説8編,寄書2編,および口絵写真・解説1編が集められ,第4号と第5号に分けて掲載される.
本特集では,日本および周辺地域の主要火山の歴史時代の噴火,およびそれに伴う種々の現象が取り扱われている.研究テーマは自然科学にとどまらず人文・社会科学までを含み,学際科学としての火山学の懐の深さや方向性を示している.研究スタイルについては,おもに史料だけを扱ったもの,史料と物的証拠(噴火堆積物など)の両方を扱ったもの,おもに物的証拠を扱ったものなどさまざまである.
おそらく歴史学者の目から見れば,本特集論文中の史料選別・解析の手順や議論にはまだまだ初歩的なものが多いであろうが,理学部出身者が圧倒的多数を占める火山研究者たちが勇気をもって新しい領域に歩み始めた第一歩であると認識して,ぜひ暖かく見守っていただきたい.また,史料に普段なじみのない大多数の火山研究者の方々にも,研究素材としての史料の魅力や有用性を知っていただければ幸いである.本特集がきっかけとなって,歴史時代の火山噴火史研究が今後も発展し続けることを願う.
最後に,本特集の企画と編集を支えてくださった前「火山」編集委員長の石原和弘さん,および現委員長の鎌田浩毅さんに感謝の意を表します.
1998年7月24日
小山真人(静岡大学教育学部総合科学教室)
井村隆介(鹿児島大学理学部地球環境科学教室)
石橋克彦(神戸大学都市安全研究センター)
論 説
林 信太郎:
寒風火山文化七年(1810)噴火記録の再検討―江戸藩邸で創作された偽の噴火記録―
早川由紀夫・中島秀子: 史料に書かれた浅間山の噴火と災害
荒牧重雄・安井真也・小屋口剛博・草野加奈子:
古記録・古文書に残された浅間火山天明3年の降下火砕堆積物の層厚
寄 書
西村裕一・宮地直道: 北海道駒ヶ岳噴火津波(1640年)の波高分布について
口絵写真と解説
井村隆介: 桜島安永噴火の絵図
論 説
北原糸子: 磐梯山噴火に関する災害情報の社会史的分析
小山真人: 歴史時代の富士山噴火史の再検討
小山真人: 噴火堆積物と古記録からみた延暦十九〜二十一年(800〜802)富士山噴火
―古代東海道は富士山の北麓を通っていたか?―
井村隆介: 史料からみた桜島火山安永噴火の推移
山科健一郎: 資料からみた1914年桜島大正噴火の開始と噴火に先立つ過程
寄 書
早川由紀夫・小山真人:
日本海をはさんで10世紀に相次いで起こった二つの大噴火の年月日―十和田湖と白頭山―
第43巻 第6号(1998) 論 説
伊藤順一: 文献史料に基づく,岩手火山における江戸時代の噴火活動史
第44巻 第2号(1999) 論 説
山科健一郎: 桜島火山1914年噴火の噴煙高度―目撃資料の検討―